TAKUROMANはデジタルアーティストの枠を超え、『表現者』として活動の幅を広げてまいります。

さて、3月は卒業シーズンです。私、TAKUROMANもとある決意をしたので、ここに書き記したいと思います。 今後、TAKUROMANは、デジタルアーティストの枠を超えて『表現者』という肩書きで活動していきたいと思います。

TAKUROMANはデジタルアーティストの枠を超え、『表現者』として活動の幅を広げてまいります。 2025年3月31日 日頃から応援いただき、ありがとうございます。 さて、3月は卒業シーズンです。私、TAKUROMANもとある決意をしたので、ここに書き記したいと思います。 今後、TAKUROMANは、デジタルアーティストの枠を超えて『表現者』という肩書きで活動していきたいと思います。 というのも、2021年にアーティスト活動を開始してから丸4年が経ちましたが、その間さまざまなことがありました。 個展の開催やグループ展への参加、NFTアート界での活動、ステージやイベントでのライブペイント、作品をモチーフとしたグッズ化、オンラインアート講座の開講、マーケティングに関する連載記事の掲載、二胡奏者としての路上ライブ実施、ビジネスでの活動、などなど。 当初はデジタルアートを制作することが活動の中心でしたので、デジタルポップアーティストという肩書きがしっくりきていたのですが、徐々に活動の幅が広がるにつれ、自分自身のことをうまく表現できなくなっていることに気づきました。 ではどんな表現が適切かと考えた時、原点に立ち返ることにいたしました。 原点とはつまり、自分自身が幼い頃、漫画家になりたいと思っていた頃、そもそもなぜ漫画家になりたかったのか、ということなのです。 35歳で漫画家を志し、念願のマンガ学校に入学したものの、2時間以上は絵を描いていられないことに気がつき、憧れと職業とは必ずしもマッチしないことに気づきました。 しかしながら、その後アーティスト活動をする中でわかったこと、それは「何かを表現し、伝えたい」という意思が自分の中にあることでした。 ここで、ひとつ素朴な問いが発生します。そのような意思は、幼い頃にも存在していたのか?ということです。 それに僕は答えることができます。 確かにあったと思っています。 幼いながらに、僕は世界の美しさを知っていました。 といっても世界を旅したり、特別な経験をしたりして何かに気づいたわけではありません。 家族や兄弟、幼なじみとの時間を通じて、僕はそれを感じていたのです。 もうひとつ、大事なこととして、アーティストとしての側面以外の活動のことも触れておきたいと思います。僕はビジネスに日常の多くの時間を使っています。 しかしビジネス活動に関しては、アーティスト活動とはまるで別の人間のようにほぼ完全に切り離していましたから、どちらの立場においても他方について語ることはほとんどありませんでした。大げさに言うと、マルチバースのように別次元に別の自分がいるような感じだったのです。 しかしながら、自分はあくまで自分であり、それぞれの経験がもう一方の活動に生きることがあります。それに誰かが何かを語る時、その人が過去に何をしてきたかがわかる方が、より理解しやすいと思います。 ですから、あらゆる活動、アートも二胡もセミナーもビジネスも含め、一人の人間として、今後はより幅広く活動をしてまいります。 『表現者・TAKUROMAN』を 今後ともどうぞよろしくお願いします。